2015年11月13日。戦後最悪のパリ同時多発テロ事件。7人のテロがパリ中心部のキャフェ、レストランのテラス、コンサートホールを襲った。死者130人以上。負傷者300人。

パリ市民は怒り、悲しみ、反発した。事件直後、SNS上普及したハッシュタグは、#JeSuisParis (私はパリ)だったが、翌日はパリジャンの怒りと抵抗を表現する #MêmePasPeur (怖くなんかない)が主流となった。

テラスで一杯飲む。レストランで食事をする。コンサートに行く。一晩中踊る。「みんなビストロへ!」と集いの声も上がっていた。

と言いつつ、やっぱり怖いのだ。

事件以来、パリがとっても暗い気がする。

私は、事件六日後の19日にやっと夕食に出た。家からすぐ近くの「ル・セルクル」は、日中は会員制だが、夜は一般客も食べたり飲んだりできるプライベートクラブ。微かに音楽が流れ、大きな本棚を施し、ワインレッドのビロードのカーテンがとても似合う、ちょっと色っぽい場所だ。大人のカクテルを味わって、深いアームチェアーに身を落ち着けたくなる温かい、ホテルでもなく、バーでもなく、レストランでもないパリの空間。

ピンボケで申し訳ない。お腹が空いていたので一枚した取らなかった。マグロと酒。

ピンボケで申し訳ない。お腹が空いていたので一枚しか撮らなかった。アミューズはマグロと日本酒。

 

「ル・セルクル」は普段からシェフがいるのだが、時々「訪問シェフ」を迎える。今回11月10日から28日は杉本雄さん。偶然にも奥さんが私の従弟の同級生なのだが、とにかく彼は凄腕料理人なのだ。「ル・ムーリス」でヤニック・アレノのスーシェフを務め、その後マーク・ムノーのもとで「レスペランス」でシェフ。2016年春には、タン=レルミタージュで、ワインで有名なメゾンM.Chapoutierの総料理長に就任。

私は窓際の席だった。サイレンが鳴る度に内心震えていた。平静を装いながらドキドキしていた。

でも、その夜、私は何かひらめいた。忘れかけていたガストロノミーと再会した。

 

ピザ・ポップ

ピザ・ポップ

 

ノスタルジー?愛国心(私はフランス人じゃないからちょっと違うかな)?それともテロ事件で一瞬失った「ジョア・ド・ヴィーヴル」(生きる喜び)がよみがえったのか?

それは、昔、庶民が住んだ路地に店を設けたトレンディなビストロノミーではなく、素敵なパリの大通りに居を構える、ソフィスティケーションを象徴するような、洗練された、エレガントでブルジョワなフランスの美食だ。

 

ラフィア(ヤシの一種)で閉じたホタテ貝

ラフィア(ヤシの一種)で閉じたホタテ貝は・・・

 

全土の素晴らしい産出物を美しく引き出すその料理は、胸を張って、膨大なる技術を演出しているのだ。その技術の中にエスコフィエの、カーレムの、シャペルのそしてボキューズのあらゆる掟を見いだすことができる。

フランスの美食が発明した「マヨネーズ」、「カマンベール」そして「ミシュラン」同様、世界中でフランスの燐光を発しているキュイジーヌ・フランセーズ。フランスの誇り高いその技術は、褒めそやされ、そして至る所で真似された。

珍しい素材、見たことのないメニュー、エキゾチックな料理名。紺色のエプロンをかけ、無精ひげを生やしたイケメンシェフ。そんなトレンドの強い誘惑に負け、本来のフランス料理を忘れてかけいた。襟に輝くMOFのトリコロール、純白のコックコート。それはヤニック・アレノ、フレデリック・アントン、エリック・フレション、フィリップ・ミルなどが後継した、今日でも東京で、香港で、上海で、シンガポールで、バンコクで、ドバイで、ニューヨークで・・・ヨーロッパ以外のあらゆるところで、「フランス料理」というと人類が想像する料理だ。

 

ほうれん草かな、ハーブかな、いろんな緑の香りのジュ

・・・ほうれん草かな、ハーブかな、いろんな緑の香りのジュと一緒に

 

では、「フランス料理」をフランス人ではない料理人によって実現されることに無理があるのか?それも、地球の反対側から訪れた日本人?いいや、ない。パスカル・バルボも言っているように、フランス料理は、世界中のいたるところで学ばれ、会得されているのだ。それは、オーギュスト・エスコフィエという一人の男が、百年以上前に技術とノーハウを書き記し、世界各国の料理人の卵が学べる参考書を残してくれたからだ。

一つの例を挙げると、 « monter au beurre »は、日本語でも<モンテ・オ・ブール>という。訳はない。必要ないのだ。万国共通語、フランス料理人ならみんな通じる。

 

「ブルゴーニュのダイヤモンド」トリュフ、トロンペット茸、フォアグラ

「ブルゴーニュのダイヤモンド」トリュフ、トロンペット茸、フォアグラ

 

さて、杉本氏のメニュー。

フランス料理の栄光について長々と書いた後に、矛盾するような気がしなくもないが、最初の一口は、日本の「酒」に感動した。

意外な一口。日本人なら誰でも分かるだろう、しかし西欧では未知のものである酒粕の香り。独特の旨み、ほろ苦い甘み。癖のある味だ。

飛躍すると、ブルゴーニュワインのしぼり滓の味かな。マール・ド・ブルゴーニュの「米版」。古酒や貴醸酒にある、濃い「酒」の味。

西洋人はどうとらえるのだろうか。納豆や塩辛のように分かりにくい味なのだろうか。奈良漬も私はいまだに苦手だが、そういった類のものだろうか。

アミューズや前菜は言うことなし。200€の超高級レストランにでも出てくるような、まさに高級料理。

演出は、イマイチ説得力に欠けるが、サービスのプロ、つまり本格的なメートルドテルが必要なのではないだろうか。「ル・セルクル」のサービスのお姉さんは非常に感じが良く、素晴らしい仕事をしているのだが、高級フランス料理店のメートルドテルが発揮する、舞台に立つ役者のような、スター的存在感はない。

モノトーンで身を包んだプロのメートルドテルは、ビストロノミ―流行りの今のトレンドでは、「おしりに帚を挟んでる」と嘲笑されるが、独特な品格とエレガンスを持ち合わせている。最近あまり見なくなったデクープ(魚や肉をダイニングで切り分ける)は、客全員の目を引く。日本では鮨職人の手に相当する技だろう。

やはり杉本氏の料理は、グランメゾンの「アクセサリー」が必要ではないだろうか。

 

スズキ、イカ、スコルスネール

スズキ、イカ、スコルスネール

 

魚のキュイッソンは見事だった。料理としては、ちょっと複雑すぎたのか、私には生のイカの意味がよく分からなかった。しかし、ブイヨンは誠に素晴らしく、スコルスネール(サルシフィ?)はいつまでも食べ続けたい美味、柔らかくほんのり甘かった。

 

神戸牛、カリカリフォンダンアーティチョーク、レモンのピュレ

神戸牛、カリカリフォンダンアーティチョーク、レモンのコンフィチュール

 

神戸牛は評判通りの柔らかさを保ちつつも珍しく脂がしつこくない。最近フランス高級料理店で流行る素材だが、ステーキのように厚めに焼いて美味しいことが稀。やはり和牛は塩が難しい。脱帽。さすが日本人。

また、苦味の使い方が面白い。「レモンのコンフィチュール」は果実を丸ごと齧ったように、苦味、酸味、かすかな甘み、すべてを一つのクリーミーな食感に集めた感じ。スプーンの先っぽでレモンが丸ごと食べられるんだから、なんだかとっても嬉しくなっちゃう。もちろん、肉の脂と絶妙なマリアージュ。

 

栗は「砂糖焼」

栗は「砂糖焼」・・・

 

デザートに

・・・デザートに

 

杉本氏のメニューは、決して完璧と言えるものではなかったが、たった二週間、慣れないスタッフ、慣れない厨房で料理をするのは簡単でない。さらにフランス史上最悪のテロ。悪条件がそろった中でここまでできるとは、さすがプロ。

ローヌ地方のワイン畑に囲まれた新しい厨房で、どんなメニューを披露してくれるか、非常に楽しみだ。

この90€のメニューは、ただでもぎりぎりの線のはずだが、相次ぐキャンセルが重なり、まったく元が取れていないと思う。不幸なことに、多くのパリのレストランが、同じ状況に置かれている。

しかし、私はパリジャンのグルマンディーズ、「生きる意欲」=「食欲」が、すぐに戻ってくると信じている。

杉本雄
クラブ・ル・セルクル
6 rue Étienne Marcel
75002 Paris
電話 +33 1 42 36 98 57

(訳:目黒純子)