ホテル・リッツのUFO

新しくなったホテル・リッツでは、お茶の場が二つある。
一つは以前からあるヴァンドーム・バー。
もう一か所は、新しく設けられたサロン・プルーストだ。

 


 

サロン・プルースト

 

サロン・プルーストでは15時から18時まで「フランス風ティータイム」を行っている。ちなみに、フランス語で英語の「ティータイム」と言うと(フレンチの発音で「ティッ・タイムッ」とちょっと跳ねるようになるが)「お茶の時間」ではなく、シャンパンやお茶、そして食べ物を含む言わばセットメニューを指す。

 

 

私はこの静寂で落ち着いたプルーストだらけの空間が好き。元文学少女としては、もちろんプルーストの世界は大好きだし、若く人生に突撃していたウブな時期を思い出すのも好きだ。壁に掛かったプルーストの肖像画、壁の本棚に並べられている数々の「失われたときを求めて」の本たち。程よく柔らかいアームチェアーに腰を沈めると、ひっそりとした、ともすればデカダンな、ベルエポック当時のプルースト的な雰囲気に包まれる。あっちを見ても、こっちを見てもプルーストだらけ。若干しつこいが、フランス文学に浸り漬かる感じは悪くない。

 

 

「マダム、ラ・マドレーヌ・オ・レ」と微笑むウェイトレスさん。カップの中央にちょこんと小さなマドレーヌが置いてある。そこにミルクを注いでくれる。デリケートな味で本当にかわいいらしい。お菓子まで、徹底してプルーストだ。

 

 

2人分で、ケーキスタンドに16個?12個?24個?のフランスの懐かしいお菓子がのって運ばれてくる。フランス人なら子供時代に食べたことのあるテディベアの形をしたマシュマロ、フランボワーズのゴーフレット、タルト・オ・シュークル(砂糖タルト)、シガール(葉巻)、サブレ、パルミエパイ(ハート方の折りパイ菓子)。マーブルやプレーンのパウンドケーキもあった。私は、ケーキよりステーキ派で、「懐かしいお菓子」と言われても人工着色料ガンガンの不味い駄菓子しか頭に浮かばない。フランスに何十年も生活しているのだから、何度も食べたことのあるものばかりだが、箱から出てくる菓子というものは国籍問わずに不味いのが常だ。

 

 

でも、せっかくだから、一つ、この子供のビスケットみたいなものを試しに食べてみよう。

 

 

あら?美味しい・・・フランボワーズのフユテは、さくっと朗らか。懐かしいことは懐かしいのだが、こんなに美味しいパイユ・ア・ラ・フランボワーズは食べたことがない。

 

 

なんの変哲もない外観からは想像できない美味――。私は、バターじりじり、クリームたっぷりのゴージャスなフランスケーキが好きだが、懐かしい菓子たちはプルーストのティーのテーマにぴったりだ。

 

雲南省臨滄市産 プーアル餅茶(生茶)  2015年摘採

お茶に関していえば、ここのお茶はパリのティーサロンで飲める最高レベルのお茶だと思う。まずはお茶自体、つまり茶葉がフランス市場にしては上質なのだ。

 

浙江省産 龍井茶(緑茶)特級 新茶

 

福建省産 武夷岩茶肉桂 半発酵(60%) 新茶

 

雲南省産 白毫銀針(白茶) 新茶

 

もっとクオリティの高い茶葉は中国、香港、台湾、そして日本にいくらでもあるが、パリには、サロン・プルーストのようにお茶を真剣に取り組んでいるところがない。ここにはお茶を熟知したお茶専門のマネージャーがいてアドバイスをしてくれるし、お茶を煎じる前に茶葉の香りを嗅がせてくれたりもする。プーアル茶でも生茶と熟茶を区別し、聞けばきちっと説明してくれる。メニューには茶葉が摘採された年も表示されている。「鉄観音をください」「それはなんですか?」が当たり前のパリのティーサロンとは雲泥の差だ。

 

 

工夫茶も、ちゃんとする。やけどしそうに熱々で苦味やタンニンの渋みが強いお茶、あるいは生ぬるくて飲めないようなお茶しか出てこないこの国では貴重な存在だ。

 

 

最後に運ばれてきたのが磁器のクロッシュ。

 

 

またマドレーヌだ。しかしこちらは大きくて甘みも強い。上にレモンのグラサージュが光っている。うっとりと頬張りたい。

最後までプルーストを貫いた「フランス風ティータイム」は、フルーティな酸味ときりっと引き締まった甘味で終わった。私は、セットでこのマドレーヌが一番気に入った。もっと欲しい。

 

 

そういえば、美しく製本された本のページがめくりたいがために、プレイヤード(プレイアデス)叢書の文学全集の本を買おうとお小遣いを数えていた頃があったな。フランス文学を愛する者なら一度は手にしたいこの叢書。今ではそんなに若くない私でも、小さなお盆の代わりにプレイヤード版の本に挟まれてお勘定が出てきたときには、唖然とした。不敬な!そこまでやっちゃうの!でも。。。なんて綺麗なページ!手に持って本を読んでいた昔に引き戻され、懐かしくなる。マドレーヌは口の中、当時の記憶は頭の中。こんな風に長々と愛おしく撫でたのは初めて。。。お勘定をね。

 

 

さて、 そんな風にサロンプーストで寛いでいたけれど、廊下の向こう側にケーキが見えた。係りの女性に、にやりと微笑んでケーキを指差す。すると、大きくてクリームやらバターがいっぱいの、いわゆるケーキを食べたかったら、正面のバー・ヴァンドームに行けという。「こちらのサロン・プルーストはフランス式のティーサロンです。イギリス式でしたら、バー・バンドームにご用意がありますよ。」

ふん、コチコチ頭め。融通が利かないんだなぁ。

ホテル・リッツのイギリスとフランスの間は、イギリス海峡を渡るよりも難しそうな廊下で遮られているのだ。仕方ない、出直すか。

 

バー・ヴァンドーム

 

青空の広がるある日曜日。ご想像通り、バー・ヴァンドームのテラスは当然満員。しかし建物の中のバーの側、少し暗くて小さな隠れ家のようなテーブルに通してもらった。円弧形のソファーは柔らかく、テーブルクロスは真っ白で、連れは肘掛け椅子に悪くなさそうに収まっている。満足じゃ。

 


 
ここでのイギリス式のケーキセットは非常に伝統的なものだ。上からサンドイッチ、次にスコーン、そしてケーキの中から一つ好きなものを選ぶ。パリの他のアフタヌーンティと比べて、種類が多いとは決していえないが、それも悪くない。なぜなら、小さな焼き菓子があれこれ出てくるアフタヌーンティには、正直飽きてしまったから。ミニタルトレットシトロン、ミニフィナンシエ、ミニロールケーキ、ミニカヌレ、ミニルリジューズ、ミニキャロリーヌ。。。どれもこれも似たようにふわふわ・ふにゃふにゃのミニが一杯すぎて、食べがいがない。

 

 

 

サンドイッチは美味しい。スモークサーモンと海苔の組み合わせは驚いたが、海の風味が好きな人には悪くない。鶏とトマトコンフィーの方は、ありきたりではあるが、まぁ、いける。

きゅうりとチーズ(だったと思う)のサンドイッチは、食べやすく普通。忘れられない味、とは言えないが、スコーンも申し分なし。

 

 

 

 

連れが注文したミルフイユは、凝っているが、普通だった。

ここでのお茶―飲み物―のサービスに関して一言。反対側のサロン・プルーストは芸術的なくらい美しいサービスであるのに、こちらは全くのパリ形式。つまりシミがあちこちについたティーポットの中に、温度もいい加減なお茶が出てくる。それから、どこのお茶?なんていう質問は決してしないように。なぜなら、みんな一様に「中国」と答えるし(「中国のセンチャ」と言われた時は発狂しそうになった)下手をすれば「TWG」なんて答えが返ってくる場合もある。TWGは多くのホテルに卸している高級茶のブランドである。

 

 

でもそんなことよりも、ケーキプレートの一番下にある大きいそれそれ…。もっとズームでお見せします。で、でかい。UFOに見える―。

表面は、よく映画で見かけるさらさらっ、と風が吹いて砂がふわっ、と埃のように舞うサハラ砂漠の滑らかさ。だが、硬そう。どっしり。不思議だ。指でちょんちょんと恐々つついてみると、茶色い粉が移ってきた。丸ごと食べるには大きすぎるし、やっぱりフォークとナイフを使ってみようか?

 

 

二つに切ると、ナイフは、お菓子の中にすっと入る。刃に当たるものは何も感じられない。UFOの中は全くのふわふわだった。

 

 

うわー。何これ。美味しすぎる!溶けるような口どけ。贅沢ではかない味。超美味な生クリームのようにコクがあるが、しつこさと言うのか、脂っこさと言うのか、重たさはない。熟した女のようにしっとり色っぽいテクスチャ。甘いことは甘いが、その甘さは果てしなく優雅。上品?これが本当の品格というものなのか?

炒ったナッツを少々混ぜ込んだサヴォア風のビスキュイはふわっと旨い甘味。これが台。

栗の木のハチミツは舌に絡みつくソフトな香ばしさ。溶かしたチョコレートのテクスチャに、栗金団の淡白な甘み。これが餡。

クレーム・シャンティイはミルキーに濃厚な甘み。これが全てをそっと包み込む羽根布団。

UFOはマドレーヌだった。いや、マドレーヌではなかった。マドレーヌの形をしたデセールだった。だから「アントルメ・マドレーヌ」と、やっと不思議な名称の意味が分かった。

これを食べるためだけに、ヴァンドーム広場にまた来ようと思った。

初めてこの天才パティシエの名前を聞いたのは、シャングリラホテルのレストランL’Abeille(ラベイユ)だった。ディナー自体は退屈だったが、デザートと食後のミニャルディーズは斬新かつ美味だった。

「パティシエが素晴らしいのね。若いんでしょ?」

「はい、マダム、そうですね。シェフよりは若いです。」

「お名前は?」

「フランソワ・ペレです。」

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リッツ・パリ
15 place Vendôme
75001 Paris
電話: +33 1 43 16 30 30

各サロン共に
温かい飲み物とティーセット: 65€
シャンパンと温かい飲み物とティーセット: 85€

バー・バンドームのプレートは、一人前でサンドイッチが二つ、プレーンスコーンとチョコレートスコーンが一つずつに、ケーキが一つ選べる。ケーキと飲み物つきのティーセットを一つ注文するのをお勧めする。そしてアラカルトでケーキと飲み物を人数分追加すればいいと思う。

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